やりたいことが やれているか?

lgf01a201407230200napierにいらっしゃるゲスト様から、最近の近況をお聞きしました。

『最近は人の考えがどうでもよくなり、何かひとつ抜けたような感じです。自分の使命や自分の魂が本当にやりたい事はなんだろうと知りたくなってきています』

「ひとつ抜けた」ような感覚に戻れて良かったですね。

今日は、「やりたいこと」や「使命」を知りたい。という疑問を皆さん持っていらっしゃるのでその心模様と言語システムについてお話ししたいと思います。

「やりたいこと」を皆さんはやれていらっしゃるでしょうか?と尋ねられたら、ほとんどの方は「どうかな?」と、一瞬考えるかもしれません。

人の感覚は、柔軟で瞬時に変わるもの、簡単に言えば、お昼ご飯は「チャーハン」にしたいと思っていたのに、直前になって「やっぱりラーメンがいいな」とコロッと変えられるのが柔軟性であり、感覚の良さでもあります。

これは絶対のルールではありませんで、人に迷惑をかけることもないので簡単に変えられてしまう。

しかし、意思や信念をキッチリ持たない者を社会は、すぐ飽きる三日坊主と窘め(たしなめ)、そんな過去を拾ってきては、「一貫性がない」「だらしない」と大抵の方々はダメ出しされ、多分に自己否定の一因にしてしまっています。

AKBなどの総指揮をしている秋元康氏はあるお話しの中で「好きなことを仕事にしてしまったことに時々絶望する」とおっしゃっていました。

ある種の道を究め、好きな事を仕事にしていても、思考・嗜好による好きずきははあり、心の成長度合い、また、社会でビジネスになるか否か、システマチックに動く世界で上手く立ち回れるバランス感覚には、どんな方もご苦労なさっているワケです。

ですが見方を変えれば、大好きだから絶望するのです。 絶望する思いに達するまで、好きな事に夢中になったことがあるでしょうか?私にもある癖ですが、感覚と常識のバランスが取れなくなると苦しく、割り切れなさに答えを先急ぎたくなるのは毎度のことです。

そんなことを想う時は「何を基にして問題にしているのか?」そこに立ち返ります。

「やりたいこと」や「私の使命」を知りたいお気持ちはよく理解できます。 自分の人生に道先案内人がいて手招きをしてくれたら、間違いないような気がするかもしれません。

しかし、AとBの岐路に立った時にどうしたら良いかと、もし尋ねられたら・・・

「どちらにも凸凹道はありますし、落とし穴もあります、どちらも良く、どちらも悪い。どちらも同じ道です。」と、お答えします。

答えを出そうとする人の心理は、不安材料を一切排除したいだけなのですが、人に聞いて答えを出してもらえば、もらうほど依存体質になる、自分の選ぶものに自信がつかない、そういう恐れが増すことになるわけです。

やりたいことは一体何か?と疑問が出たら、他人に自分の人生を聞いて回るでしょうか?
使命がなくては「生きる価値」があるのかわからないから、他人に自分の価値をつけてもらおうか?

アカシックレコードをチャンスがあるのならば聞いてみるのもひとつです。 けれど、正解を求めれば、次もまた正解を求めたくなるもの、それは、人生のカンニングと同じで良い点を取っても、心底、嬉しさは湧かないものです。

時間の経過を直線軸で考え、自分だけ取り残されたような気がしているのであれば、また、自分なりに毎瞬新しい時を切り開いているにも関わらず、歩みが鈍いと嘆くのであれば、それは近視眼的になってバランスを崩しているからです。

ですから、頭だけで考え、自分の人生に自己不在にならないように、もっと深く感じてみてください。

私はどう生きてきたっけ?と

無いことはいけないことでも何でもありません。 私達は大義名分などなくても生きていけますし、頭で社会的な成功や何か大きな事を成そうしなくても、何かを感じられる感覚はあなたと共にある事を忘れないで下さい。

l201302032000観ていないことは沢山、それこそ山ほどに・・・視覚ではなく=外、感覚を観てみれば=内

人生の使命や、本当にやりたいことは何か?と問うなら、今やっていることが、やりたいと思って現実化した自分の創造の産物=現実であることに気づくことです、そして、どんなに不満な毎日でも、まず一度は受け入れることです。

そして、男女、父母、親、子供、仕事、家族、恋人・・・いろいろなカテゴリーで身動きとれなくなった体に、もう一度、想い直し=意宣り(いのり)直しで可動力をつけて、不満だらけの今を楽にしてあげることです。

不満からは不満の材料しかでません。楽になりたいからと言えば、楽ではない今を継続させることになります。

結果を出そうとするのは、結果とおぼしき、ある一部分だけを切り取って、成功と失敗に分けてしまうからであり、本来は、結果とおぼしき、一部分も、その経過であり、愉しむことは意識によって出来るわけです。

それは毎瞬、時と時と時のZERO空間の扉を瞬時に開き、その時と時と時を勝手にランダムに作り出してくれます。ですから、過去現在未来の直線軸で形にハマったような結果など有り得ないのです。

その時に思考(エゴ)を入れず、好きな道にも好き嫌いを付けたのは私と、自身の思考を屈服させて、まずは、今あること、やれることに、やらされているではなく、どうチャレンジしたらいいのか動いてみてはどうでしょう。 動いてみて、やりたくなければ止めればいいだけの話です。

答えは1億通り!だとすれば、ゴール=答えを出す過程は、自身の感覚を確信しながら進むことで自信がつき、強くなった自身が更なる新たな道に挑戦して歩むロールプレーゲームの様なもの

いつでも創造の源=ZERO空間は目の前にあり、心を動かしてくれる何かを用意しています。

何事もそれは、あなたの外ではなく内側の意識次第で創られる世界です。

 

 

 

 

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