両極をつなぐ日に思う。

lgf01a2013121411009月9日 菊理姫の日です。

この世は二極性をもって、それに操られる者、操られまいとする者とがひしめき合うカオスの世界です。

この世だけではありません、そこに存在する私達人間も身の中に男性性と女性性を持ち、その時々で使い分けたり、性にしたりして、そのギャップに惑わされ、時に悦び、時に悲しみ、そういう自分を楽しんでいます。

9月9日は、その対極にあるものが『まぐわい』ながら統合、調和を象徴する日。

ご自分の中にある女性性と男性性の調和を計るにはうってつけの日という側面と、計算の九九にもある通り、最後の算式、最後の答えが導き出される局面的数字を持っており、81は宇宙の数字でもあるのです。

私も今日はある事を腹に据え、腹を括る(くくる)つもりで、ゆかりの神社へ詣でて参りました。

神社への参道は台風の影響か激しい突風が吹くなか、風すらも私の光体の目詰まりを飛ばしてくれるかのように通り抜け本殿に着くころには清々とした心身にしてくれました。

1441783896094心のままに気持ちの良いことをそのまま出来る時を十分に堪能して山を下りてきたのですが、途中、山葡萄もみつけて、自然の恵みと豊かさ、また、秋の訪れを感じることが出来ました。

帰宅した後、左耳に違和感がすでに出てきました、何か潜在意識のうずきが扉を開けたような、古い観念の書き換えが始まったようです。

私の体質の話ですが、観念が抜ける時は、空気が耳の中で膨張しているような圧が変わる音というか、もしくは、脳が内側で鈍く動いているような音とも捉えられない音がします。 とりあえず、数日は無理をせず楽にしたいと思います。

私達の中に住む二極性の統合が始まっています。私も今日それをテーマに詣でてまいりましたが

善と悪、光と闇、ポジとネガ、天使と悪魔はよく聞きますが、例えば簡単に、痩せる痩せない、頭が良い頭が悪い、行動に移せる移せない・・・などなど誰にでも二極性の中で悩むものです、無い人など居ようはずもありません。

みんな人で光体ですから、極度に出来る人(カリスマ)に頼るのも違いますし、自分を出来ないからと蔑む(さげすむ)必要もないのです、常識という緊張を一つずつ解いて行ってください。

今日は、恋人、夫婦、兄弟、上司部下あらゆる人間関係を両目で観て、偏った目で見ている自分に気が付いたら「そういう目で見ていたな、そうか」と納得するだけでいいのです、ジャッジはいりません、そういう目線が出来た!と後は統合してあげるクセをつけてください。

そして、心のままに(素直に)相手を求める気持ちがあるのであれば、求めて下さい、そうすれば答えは必ずかえってくる。それだけです、この世はそれだけシンプルです。

そこに思考はいりませんし、惰性も本来通用しないのです、このことで得られることは、貴方が貴方に素直に生きているかどうかだけです。

この世界で、人を求める気持ちは、自分も求められて生きたいという感覚からくるものです。

想う事は全てご自分の世界へ反映され現実を創り出すものですから、調和することに自立せねば!的な強さを強いてもどこか違う気が致します。 相手と自分の間にある空間にバランスを取れれば、おのずと偏った男性性と女性性の統合は成されます。

生まれたままの姿に、プライドも恥も名誉も外分もついてはいないのですから、思考のない世界を垣間見たいのであれば裸の付き合いをするのが一番かもしれません、それこそ、温泉でも。

言葉の多い者は、口を閉じて動きに委ねるだけ、言葉がプライドになっていることもあるものですし、取り繕えられたり、嘘も平気でつきます。

言葉よりも大切なものがあるとすれば、エネルギー交流になるスキンシップもひとつです。

今日を機会にいつかの、どこかに切り離した自分を思い出し、改めて、そこからチャレンジし直してみるのもいいかもしれません。

いずれにせよ、バランスの取れた世界は二極をひとつにします。それは、自分のあらゆる両極を統合し上手く生かすことに繋がります。

つまり、私とあなたは何も変わらない。という統合された世界感は、何一つ不足もなく満足もない 幸せも不幸せもない 平和も争いという言葉すらない ただ「在る」だけのバランスした意識世界を垣間見ることに繋がります。

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