中立的な意識になる挑戦

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今年も残すところ1カ月、東北や日本海側は寒波に見舞われて、いよいよ冬将軍到来です。

-今日も長いコラムですお付き合い下さい。-

自身を中庸(バランス)に保つことを心掛けてから、加速度的に創造現実化が速くなり、大汗をかきつつ、それを楽しんでいる自分もおり、分散していた自分を統合するよう日々内観しております。

私が思考でもなく感情でもなく体でもないということが分かり始めて、今は更に理解を明確に、より意識をクリアにしたい気持ちと絡み合いながら、それと同時に「問題は問題ではない」という新常識を受けて入れています。

これを人間意識で毎日、毎日、腑に落としているといった具合です。

感情の揺れ幅によってやり過ごせることもありますが、それでも反応してしまうエゴもあります。
そこには、問題を探す学習を身に着けている旧常識・習慣が大きく関わっており、時として認知しきれない「無くて七癖」にどうしようもない絶望感を味わうこともありますが、過去・現在・未来の直線で時間を考えず、全てを内包している自分の生み出しを真常識として習慣に組み入れています。

私達はこの世=三次元世界でしか味わう事の出来ない、創造をカタチにする素晴らしい世界の住人であるのにも関わらず、その創造には時間と手間ヒマが掛るという不自由な幻想を抱いています。

希望や夢もそう思い込んでいるのですから、実現には時間がかかり、本当に手間ヒマを掛けなければならない現実を生み出します。

その常識的思考を外していくだけでも時間や手間ヒマのロスは軽減され、現実化が速まりますが、旧常識に慣れている場合はその実現スピードに焦り、あたふたと気持ちが付いていかないことも出てきます。

ですから、思考でグズグズ考えているクセがあると、結局、夢には時間や手間のかかるプロセスを経なければ「結果」が出ないと刷り込んでしまうワケです。

先日、宮崎から突然のカウンセリングのお電話を頂きました。ご相談の内容は御家族に対して思い悩まれているとのこと。

ご自分とご家族との「違い」を認められず、ご家族を差別的に否定してしまう悪循環に心底疲れておいでで、こちらも言葉では言い尽くせぬ思いがありましたが、誤解を恐れずいうならば、家庭は小社会といわれる通り、ご家族とはいえ一個人、基本はひとりです。

それゆえに個人の責任を、それぞれの思考を頼りに生きてしまうもの、どこかに矛盾が生じているのは分かっていても、それでも自力=自我を寄すがに生きていかねばならない固定観念を絶対の支えにして頑張ってしまうものです。

硬い鉄の鎧で身体を防御し「嫌だ」と言い続けると、フリーエネルギーが身体に降りてくる通路を閉じ、遮断し、感情の身体と思考の身体が肥大してしまい、それが何かの弾みで暴走してしまうことがあります。

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それを避雷針のように上手く逃がしてくれるエネルギーの通路を通しておくには、手軽ですが「深呼吸」が役に立ちます。生命体に欠かせない酸素が私達の命綱という事実には、普段の呼吸にも不要なエネルギーを逃がして、生命エネルギーを身体に満たす作用があるワケです。

napierでは、深呼吸で身の内にある圧力の様な思考による不要なエネルギーを解放することをオススメしているのですが、大体の方々は、酸素の恩恵を差もないことのようにピンときていらっしゃらない様です。

そういった五元素(酸素など)への有り難さに触れず、エゴ=私らしさという「見えるアクセサリー」で自分をキメておきたがると、そのアクセサリー=エゴは第3ボディー(権力・名誉欲)などに付着して、かえって身動きを重くさせ、リラックスさえできない様になるものです。

「普通」が奇跡と呼ぶのにふさわしいことであっても、それを観過ごし、思考と出来事が素晴らしく一瞬噛み合ったタイミングのみをドラマチックに「奇跡」と呼ぶ旧常識を、大多数の方々が我が身の歓びにして、その思い出を食い繋ぐよう人生を過ごしておられては「普通」が色あせて当然の気が致します。

ですから、理不尽な事が起きた時には過剰に反応し、世界中で人を訴えたい人ばかりが溢れかえります、同じ人間だというのに。

心の師のブログにはからずもこんなことが書かれていました。



シャバ世界の色々な「気」のつながりに翻弄されていくと、本当の自己 (天地とのつながり) からズレてしまうことがあります。

情、しがらみ、ベタベタした甘え、そういう「気」からできるだけ中立になって、排除もせず、かといって言いなりになるでもなく、「全ての選択」を「自己責任」のもとに行なって下さい。

〇〇〇が言ったから、誰かに頼まれたから、あの有名な人がススメてきたから、ではなく、「あなた」がどうであるのかを大切になさって下さい!自己責任を抜きにして、誰かのススメを優先すると、あとから誰かに対する「恨み」が生まれますから・・・。

2014年は、余計な「気」のつながりを整理する一年だったと感じています。

自分にとっては興味がないこと、特にどうでもよいと感じること、そういうもので自己をごまかさず、ご自身の本音を最も大切になさって、他のことには中立な応援状態であって下さい。

 


私も「ゴマ粒一つ残さず」、得たお金、知識、サイキック能力さえも全て天にお返しして、この執着エネルギーを捨て、未知に対する体験を心から受け入れ、恐れず、怯まず、誤魔化さず、真の歓び(JOY)に取り組み、常に「ZERO=ワンネス」にフォーカスして意識的にしたいと思っております。

このコラムをご覧の皆様にも、直線的な固定観念を無くし、パラレルワールド的な柔軟な発想を当たり前にして頂ければと感じます。(※勝手ながらではありますが・・・)

そうすることで、あれこれと思い悩むことを止め、習慣的な余計なものを削ぎ落とし、現実的には余計な老婆心や余計なお世話や余計な親切心という、善きことへの裏の「いやらしい」側面に、あなた自身が振り回されることが減り、計算なく、嫌味のない本真(ほんしん)を語っていくと、感情ゲームにハマる事がどんどん減っています。

それは交友関係にも表れ始めます。

師の言う通りシャバの世界では当たり前にまかり通っている感情ゲーム(情のやり取りなど)を、冷静に見つめられるようになると、人はその態度を「冷たい」と批難しはじめるかもしれません。

しかし、感情ゲームで誰が喜ぶのかといえば「等身大のエゴ」であり、渦中のプレーヤーは時に人の優しさにも「誰にも分かってもらえない」とエゴ(自我)を通し、昼メロさながら周囲を撒き込みながら感情ゲームを激情型で盛り上げてみせたりするものです。

裏の本心には「子供のような甘え方」を確信的に期待する依存が隠れていることも多々あるので、もしそうなったら、ご自分が何をしたいのか、ジッとご自分を内観する冷静さクールダウンする時間を取って頂きたいと感じます。

いかなる状況にも人は必ず飽きる動物です。 感情ゲームにハマっている方がいらしても少しぐらい放っておいても大丈夫です、その方を信頼さえしていれば、人は状況にすら飽きるのですから。

人間意識を抜く感覚にまだ違和感がありますが、正直に、素直に、責めるでなく、閉ざすでなく、逆に、解放するために本真(ほんしん)で生きることを当たり前に・・・その旧習慣を真習慣にする違和感を今、味わっています。

この人間意識の解放し、解脱した意識のフリーパス券を持つ方々と、持ちたいと思われる方々が、自己の自立と統合のストレートラインを歩まれますよう、私も率先して体験しております。

共に創造を現実に、そして、人生のデザインに制限をなくしてまいりましょう。

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