人が自然を癒す

lgf01a201306281300以前、フジコラムでお話したことがありますが、信頼を寄せる方から瞑想についてレクチャーを受けた時のこと、「全ては一体なんだ」と身体の感覚が無くなり、ただ「在る」という体験を得たことについて少し触れましたが、どんな感覚かはお話ししておりませんでした。

瞑想にはリラックス効果がありますので、今では短い時間で手軽に瞑想される方もいらっしゃいます。 私は日々の暮らしの中から気づきを得る、そんな、生活しながらの瞑想に今はハマっています(笑)

山には山の静かな暮らしがあるように、谷には谷の賑やかな暮らしがあり、谷に暮らす人は世知辛い日々をどう思い通り生きるのかが修行なのかなと感じます。

その日々の瞑想では、生活の中で気づいたらフラットに戻し、気づいたらフラットに戻しといった作業を、内観するか、否か。 そして、立ち戻り、ブレないように意図し直す、この繰り返しに尽きると思っています。

先日の瞑想では、自然から癒されるばかりでなく、「人も自然を癒す」という瞑想をしましたが、すると、自然の色がどんどん無くなって行く体験をしました。(※半眼で瞑想をしました。)

「色あせる」と言った感じでしょうか・・・

緑がだんだんセピア色になり、モノクロの世界になるのです。(※滅失していく感覚があるのに私は在るという感覚でした)

その時の状態は単にそうだっただけですが、先日、ある方のブログを読んでいて納得できたことがあったのです。

光合成をする植物の緑色は、植物自体には、あまり効率の良い色ではないのだとか、確かに色彩と光合成だけを考えると、光を吸収しやすいのは緑ではなく、黒です。

熱を吸収するのは黒ですから、夏は黒い服より白っぽい服を着用しますね、色が知覚されるメカニズムは、例えば、光が葉に吸収されると、吸収されず弾かれた光が、緑色と感知されるワケです。

B027-3緑の補色(対極の色)は赤で、人間の生命の要素である「血」を引き立てる役割があると言われていて、余談ですが、カラーケアシステムのオーラソーマのB27のボトルに、ロビン・フットがあります、正義のヒーローのロビン・フットを思い出してみるとイメージがピッタリと符合して、興味深い話だと感じました。

また小学理科では、植物は酸素を作り出すと教えられましたが、今では発電することも分かり研究がなされています。(※この地球の命あるものはみな電気で動いているのは否めない事実のようです。)

その植物による発電システムによると、光合成で発生させる有機化合物による発電率は30%なのだとか、その反対のおよそ70%は、植物が光合成で使わない不要なエネルギーを放出しており、私達動物が、実はその恩恵を預かっているのだというのです。(※人間の水分が70%であることや、海が地球の70%であることにも、70%の自然の節理が符合しています)

草食動物を想えば、なるほど!と、うなづける話なのですが、私達がそういう見地に立つ目線が無くなっていることや、逆に、植物の繊維に着目した科学と経済は、植物繊維のパルプ欲しさに、植物を大量に植えては伐採し砂漠化を促進させており、「使い捨て」の便利さで、地球をも使い捨てようとしている道を歩んでいる事実を知っている人は僅かな気がします。

一人ひとりの意識で水を飲む時、御飯を食べる時、紙を使う時に、大いに自然の成り立ちに関心を持つべきなのではないかと考えます。

私が瞑想したときに色を無くした世界が見えたのは、自然の恩恵を無くした世界。

私達人間が自然を色づかせることも出来る共生の世界、ただ在るだけの宇宙意識世界を垣間見せてくれたのは、地球というこの世界は世知辛いことも多い世の中であはあるものの、それぞれの愛がこの世界を生かしているという証だったのかもしれません。

私達が緑に癒されるばかりではなく、人もあらゆるものを癒せる存在であることを思い出す、そんな時期に差し掛かっています。(※ 実は、もうなっています。ズレがあるだけですね)

人間を人間足らしめる、出来る出来ないで造り上げた価値観という箍(たが)を外せば、すべてのモノが正体を露わにし、いわゆるシンクロや、不思議な現象が、普通のことだったと見せてくれることも当然のことなのかもしれません。

そう感じられる人達が増えるなら、パートナーが贈る一輪花にも、植物からの愛が詰まっているのだとプレゼントをハートで感じて、この世は愛に溢れていると知る方々が増えると思うのです。

 

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