人のことは、ど~でもいい。

「どうせ私なんかじゃダメなんでしょ」

「仕事ができないって思ってるんでしょ」

「昔っから、ま~ったくモテねぇ~し」

「サラリーは決まってるんだから、生活なんて楽になりませんよ」

 

でも・・・

 

「ダメぢゃないよ」って言ってもらいたい

「さすが出来るね~」って言ってもらいたい

「モテそうなのにね」って言ってもらいたい

「どこもみんな同じだよ」って言ってもらいたい

lgf01a201404181400

グチが慰めで救われることは 経験済みですね

でも

自分なんて。というレッテルを張っているのは、誰でしょう?

誰も責めてはいないのに、責めているのは誰でしょう?

 

自己否定ばかりして滅入っている時に、他人目線=他人評価で慰められると、正直、ホッとしますね。

 

そして、その言葉であなたは元気になるでしょう。

けれど、その言葉の意味と、元気をくれた人との関係、前向きな気分さえもが、今度は、後ろ向きになるのを怖がるでしょう

ずっと、ずっと、ずっと、ポジティブを求めるジプシー人生になってしまいます。

 

会話はレッテル(意味や価値観)を互いに貼り合うような作業です

でも、あなたという存在=生命力に レッテルはアクセサリーの様なもので無くても構わないものです。

着けたければつけてもいい、けれど、ベットに横になるときは外すのと一緒

睡眠時にゴテゴテと着けたままでは邪魔になって、いつの間にか朝には外してたりしますね

それほど、価値や意味というアクセサリーは生命力には不自然なものなのです

 

「とっても似合うよ。」と言ってもらった言葉に安心しても 本心かどうかは別ですし
「大丈夫だよ~。」と肯定されても不安に思う気持ちがあれば それも別になります

 

人は観たいものだけを観て、思い込みで解釈をするものです

そう考えると、ひとつとして意味も価値も成さない、正しくさえないのがこの世界です。

それが基本です。

だから、人のことが気になって怖い、不安、心配になるのは

実態のない意味と価値を握りしめ続けているからに他なりません

誰もあなたが思うあなたのことなど観ていません

他人にとってみれば ど~でもいい~存在です

あなたも他人のことを本当に理解できていますか

観ていないのです 誰も何も 本当すらないのです

だったら、意味と価値にしがみつくことすら滑稽なことに思えませんか

 

ほんとのところ あなたという人すら居ないかも・・・^^ (このお話は、また別の機会に。

 

※あっ、あなたの「ど~でもいい~」という言葉への意味や価値で、私の言わんとする「ど~でもいい~」を冷たいものにしないでくださいね。
口に出して批判したとたん、それを聴いた人の意味づけや価値基準に当てはめられ、あなたがまるでゴーストのように世間を独り歩きし始めます。会話は自分の思いのたけを話しているようでも、解釈ひとつでまったく違った話になるのも経験済みだと思います。要注意ですね♪

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です