何もかも決めてしまいたもう一つの世界 創造現実 ※リライト

前回の「何もかも決められていないもう一つの世界 ZERO」では、生命が生かされているとはどういったことなのかをお伝えしました。

ZEROや空や無、神やサムシンググレート、そして創造主や宇宙意識、宇宙ルールとも言える全体性の仕組み=マトリックスのお話でした。

今回はその対極にある、何事も決めてしまいたい、実らせたい、私達の現実=創造現実についてお伝えします^^


lgf01a201405091700人々が共存するうえで社会には守るべき秩序がありますね、これを「地球ルール」としましょう。

地球ルールは、人種・民族ごとのルーツで分かれ、道徳・思想・価値を選択しながら文化・国家を土台とし、外交で友好関係を保って地球で共存するルールです。

国には国法があるように、家にも家法がありますし、世間にも風潮・常識といった観えない法がありますね、規模の大小はあっても地球ルールは秩序や使うものの意識によって保たれていますね^^

これが何もかも決めてしまいたいもう一つの世界~創造現実~です。

そんな世界が構築される遥か前、生命が誕生するもっともっと昔、ZEROや空、宇宙と言われる、母体・基盤・何かを生み出す=マトリックスつまりエネルギーが、今の世界のような概念や価値観は一切持たない時のこと

それは、シーンとした世界だけが存在していました。

ZERO=0。

それは無価値で無意味で無制限で無秩序な、拡大した「それ」だけでした。

「それ」は始点も終点もありません、味気も素っ気も色気も熱も波動の動きも無いので、例えるなら宇宙のようなものかもしれません。

仮に、宇宙とすれば、私達がときどきしか意識することのない宇宙など普段は気に留めないでしょう

「それ」=マトリックスも同じです。

「それ」はずっと有りなかったことが無いからこそ、文化文明そして発展した思考や時の常識が進化していっても、いつも当たり前にあった「それ」を私達は意識できないのです。

09_r-8cbe2そこで思い出されたのが「西遊記」の話です。

暴れる孫悟空がお釈迦様と勝負する場面で、お釈迦様をZERO・空=マトリックスのスケールで描写していると感じるのです。

そして、人や孫悟空の創造のエネルギーを「Do it!」いわゆるego=躍動の象徴とリンクしてみてはどうでしょう。

神・ZERO・空・マトリックス=「それ」は不動です、対して、 悟空・私は「躍動」していて能動的なエネルギーです。

けれど、悟空や私が自力で悪を倒したとしても「個人」自体が「それ」でありエネルギー。分離されてはいません。

ですから、個人もマトリックスです。(※スピでいう、あなたが創造主と言われるのはココにあります。

自分はヒーローだ!と存在感をアピールしても、躍動する創造エネルギーの「個」もマトリックスで、「それ」から外れたり、分離したりしたことは一度としてありません。

現実的に自分がどうにかする!自分でどうにかしなければいけない!と、自力で「今よりもっと」「次回は絶対こうする」と考えたとしても、エネルギーは「それ」から湧いて(奮起)は、消える(飽きる)だけ

すべてがエネルギー。あなたが話したいことも思いついたアイディアも、母体=マトリックスが閃いたアイディアなのです、人間が、私が、していると思っているだけです。←これもアイディア^^

自力で努力を重ね達成してきた方には、こういうメッセージは否定的に聞こえてアレルギー反応を起こす方もいらしゃるかもしれません。また、思考も自力ではなく、他力=「それ」から現れただけと言われると、常識的には何をと思うかもしれませんが

本来、弾けるような躍動したエネルギーの表現方法に、現実の秩序・ルールの正誤は当てはまりません。

(※人を好きになるのに理屈は無いように、エネルギーに正誤はないのですが、こと、地球ルールの思考フィルターを通すと、ジャッジが入るワケです。

躍動のエネルギーだったんだ ”私は”!と固定・限定するでなく、全部がエネルギー!私達も今あるもの全て、もともと「それ」。

「それ」しかないのが本当の姿です^^。


sgf01a201402150100思考したのは ”私”。

そう常識フィルターを通してエネルギーを ”私” という枠に制限すればするほど、その想いは自分を孤立させ、その想いの強さに体はギュッと強張り、エネルギーは小さく固くなります。

(※悩んだり病んでいる渦中にある人は体を小さく縮めますね

人は感情の片寄り、荒いバイブレーションをリアルに感じると「生きるってこういうことか!?」とEpisodeと心体の反応をイコールにし過去現在未来と時系列で記憶します。

(※感情の揺さぶりは3S政策の賜物でもあるのですが・・・

そもそも全体性=「それ」から離れ、孤立したと錯覚しただけで、また、その思考自体も湧いては消えるエネルギー。

つまり、創造現実が成し得るマボロシ~♪です。

無価値で無意味で無制限で無秩序な、拡大した「それ」は、私達も一体です。

創造現実で生きる「人」がこれを理解するなら、マトリックスから生み出された創造エネルギーは、刺激的でリアル!

それを追求し実感・体感・知覚したい「やりたい!なりたい!」とエネルギーの迸る躍動が「全体性から=個・独立」する過程を味わえるのが、もう一つの世界「創造現実」というワケです。

そして、私とペン、私とアップル、私とパイナップル、必ず ”対象物=客体” を通して ”主体=I am” を突き詰めていきます f^^;

創造現実は、ツアー旅行ではなく一人旅を楽しむようなもの、行く先々で見つけた対象物を利用して 何者にでもなれる!表現者になれる!主役になれる!そんな私が世界の中心にある経験を重ねていく旅なのです。

とことん楽しむにはアイディア=egoが必要で、オーバーでも表現して楽しく豊かな人生を歩む、人生のハンドルを握ってコントロールしていく、道を切り開くといった全体性からの自立をした気にさせる、それが創造世界のスタイルです。

スタイルではありますが、それすら「それ」でしかありません。


lgf01a201404101800解放された「それ」と、凝縮された「私・個」。

しかし、「それ」は「それ」でしかないのですから、バーチャルリアリティの世界と何ら違わないかもしれません^^

そのバーチャルな世界のルール=地球ルールは、「それ」という大いなるものから離れ、死をもって「それ」還るとします。

でも、もともと「それ」自体なのですから、人が説く教えに違いや矛盾が生じるのは人のegoがミックスされるからに他なりません。

マトリックス=空・ZERO(無限)を神・創造主・サムシンググレート(有限)と教えられ、善良なる神と愚行な人間として比較・競争・闘争・破壊を繰り返すタイムラインがあると信じれば

それは個人の記憶となり、個人の感情とリンクした新たなEpisodeを造りだし、心・精神=四次元世界まで自己所有=独立した存在だと錯覚します。

ZEROや空や無=マトリックスは無秩序、egoや思考は単にアイディアで、それ単体には善悪はありません、創造現実では、このego=アイディアが秩序に沿っているかをジャッジするので、間違いにされたegoは悪にされてしまいます。が、マトリックスには一切関係ありません!

創造現実では egoこそ創造のエネルギーで、egoは現実の生みの親です。
そして、egoもマトリックスから生み出された創造エネルギーです。

マトリックスは自他の境界はありませんし、境界があるように感じられるのは私達のボディの反応が強いからです。

バーチャルなのに、あまりにリアルに体感できるエネルギーなので「私が体験した」と私のEpisode=曖昧な記憶を所有するので「私」という創造現実=バーチャルリアリティの催眠にかかりっぱなし

でも「それ」に目覚めるか「バーチャル」を楽しむかは人それぞれ

神とはお釈迦様とはマトリックスであり「それ」は善悪のない無条件の愛=全て在るがままのエネルギーの在り様、このことは「深刻さ」を抜くに限る。

起きることが起き、起きないことは起きない。これに抗う人々はまさに「深刻」です。

起きて欲しいことも、起きて欲しくないことも マトリックスが表現したことで、そこは無価値で無意味で無秩序で無制限、単にそこに漂い、単に在るだけです。

実際は限りのない「それ」であって、人もエネルギー体で考えればボディだけで人が形成されているわけではありませんし、起きることも起きていないこともすべて「それ」無限のエネルギーの表れです。


onmyou-500x375-150x150人は生まれてすぐ「快と不快」の二つの感覚を持ちます、快は不快を知らずに生まれませんし、不快は快を知らずには生まれません。

これらは二つの感覚は対極にあるだけで、それだけでは感情にはなりません。

私達は感情を熟語で覚えてしまっており、感情=喜怒哀楽だと刷り込まれていますが、感情には感覚と情に分けるそれぞれの要素があります。

感覚は反応だけで、情は自分のプライドや社会の価値観といったフィルターで濾過した濃~い私を抽出します。抽出した私らしさ=私の思いに喜怒哀楽を結びつけたEpisodeが感情とリンクしていきます。

ですから私情からの反応が様々でコミュニケーションによるトラブルが絶えないのはこの理解が自分基準で分かったかのように捉えるからなのです。(※スピ・コミュニケーションセミナーで軽くなれます^^)

赤ちゃんは何かあれば泣いて知らせますが、不快のメカニズムは体全体がギュッとする感覚を感知するためです、それが空腹かオムツかと言った具合ですが

大人は育児をマニュアルで知り、泣く=空腹=オッパイの時間、おむつの時間、寝むくなる時間とパターンを決めて、育児をコントロールしよう効率良くしようと考えますが

人が成長と共に気づく大きな誤算、それは創造現実がコントロール可能の世界だと人類が思い込んでいることです。

もっと良く、もっと手軽に、もっと便利に、もっと楽に・・・そう人々は願い文明発展してきたのですが、残念な話ですが、行く方向性は決められても、人がコントロールできるものは何一つありません。

考えてみて下さい? あなたが今のあなたになるとコントロールしてそうなったのでしょうか???^^

私は私にあらず「それ」自体です。

私ってこういう人なの。と決めてかかるとエネルギーは重くなり躍動的には動けなくなります。

閃きのエネルギーと、有言のエネルギーと、動くエネルギーが三位一体となったとき熱を持ったエネルギーは爆発して表現=表に現れます。

でも、その爆発は私達が思うような結果やゴールといった絶対のものではありません、創造現実で近い将来どうなるかが分かっていたら安心かもしれませんが、どこかで私達が知っている「それ」に現実の秩序や法則性が当てはまったら「それ」自体がリセットされるでしょう

結果が大事なのではなくその過程で得られる探究の終了、これまでの自意識の崩壊によるエネルギーの爆発が「それ」の目的なのです。

そして自意識が爆発して自他もなく砕けたとき、結果として自己のビックバンが起こるわけです。

私達は特別な何かに成りたがりますが、地球ルールの中の特別は比較・競争・争い・崩壊から生まれる観念です。

マトリックスは物も個人も一体、全体です。

人が解けるナゾは規則性を追いかけて説いたもの・・・つまりは人工的なものしか解けません。

どうしてこうなったか分からない・・・その分からないことに人は屈服せざるを得ないのですが、人の好奇心や探究には答えがないと落ち着かない、不安をコントロールしないと心配になります。

創造エネルギーは答えを持たないことに居心地の悪さを感じ、または屈服させられることに嫌悪感を増して、ギュッとしたエネルギーを自力でなんとかしようとします。(※そう教えられてきたのですからそうしますよね

プレッシャーをバネにとか言いますしね、それも表れですから悪くはないのです^^

lgf01a201309300600ZEROや空や無、神やサムシンググレート、そして創造主や宇宙意識、宇宙ルールとも言える全体性の仕組み=マトリックスは無条件の愛から出来ています

人が「私が」とキツく強く握りしめたegoや思考を元にした、承服しかねることや、思い通りにしたいことや、助けてもらいたいことなどを、観えざるものを偶像化して神と崇め、良いことも悪いことも「何かがコントロールしている」と思い込んでしまっています。

そうして、今も数多ある学びや教え、スピでさえも、「何かの存在」を切っても切り離せないように混濁しています。

でも行き着く先は、個人や集会で「何かに祈りを捧げる」=善行の会でしか無い様です・・・人は弱い。ゆえに、結局は人を自分の心さえもコントロールして安心したいのです^^:

すべてはエネルギーの表れ すべてのegoは無条件に許され表れています。

それを善悪で捉える思考フィルターが、エネルギーの方向性を決めているだけです。

創造現実はそのリアリティを体感するエネルギーの表れ、ZERO=空というエネルギーの全体の表れでしかないのです。

 

ZEROの世界を詳しくお知りになりたい方はこちらからどうぞ。

SS1ベースZERO

 

 

 

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