便利が鈍感を加速させる。

lgf01a201312051800※善し悪しではなく、バランスよくご覧ください。

老いた両親を別居して面倒を見ている知人と話していると、その方に親から「公共料金の前月領収書がないので延滞していないか窓口に問い合わせたい・・・」と連絡が入り、「忘れないように口座振替の手続きをしてたので引き落とされているはず・・・」と事情を電話口で説明をしていました。

老いは誰にもおとずれ、老後を快適に過ごすことは豊かな先進国の課題になっています。
考え始めると、私達社会のルールは『便利』『安全』『確実』という言葉でオートマチックに簡単に意志をも誘導する事柄が多いと改めて気づかされます。

公共料金はすでにほとんどの家庭で口座振替が定着しており、現金はいつしか電子マネー化され、自動的に『サービス』が働いてくれるおかげで、私達はだんだん注意を払うタイミングや人、場所、文言に疎くなってしまっています。

結果は同じでも、大きな権力が合理化を『サービス』という言葉に変え、権利を持たない者の意志が否応なく誘導される風潮を造り出し、その構図を『便利』で目隠しできる『合理化サービス』は、私達の「変だ」という本能や五感をどんどん鈍感化させられていくような気がするのは私だけでしょうか。

『サービス』は、ゆっくりと静かに私達の生活に浸食して『便利』という言葉で私達の感情まで『なければ困る』とコントロールを続けてゆくでしょう。

最近の国政や世界情勢も、一部の権力が『ボーダー』という言葉で一人ひとりの価値観を『所有せよ』と結束させ言葉巧みに『無くなる』ことへの不安を全体思想として煽っている、そんな風にも感じるのです。

文明の力が権力であってはならない、文明ゆえに滅んだアトランティスに想いを馳せながら。
善きことのようで悪しきこと、悪しきことのようで善きこと、すべては『宇宙のバランス』『宇宙の采配』とZEROポイントから物事を見極める大切な意味を改めて感じました。

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