個人世界がグローバルになった世界です。

内海さんという方を最近知りました、興味深くFBなどで情報を拝見しています。

その内海塾で最近語られたお話がポイントでUPされていたので、転載いたします。(後半につづく)


「認知症についての見解は?」
「認知症という病気は無い!」

「脂溶性毒の排出について」
「毒を排出した後の、ミネラル・油の補給が大事」

「日本人とは?」
「古き日本人、縄文人、アイヌ=アミニズム=自然崇拝=微生物文化=共生・共存文化=平和文化。」

「白人優生主義=キリスト教・ユダヤ教=殺戮文化=支配文化=殺菌分化。今の日本人は混血」

「ワクチン、AIDS、エボラ、すべて同じ構造。白人が騒ぎ始め、有色人種が被害に遭い、最後に白人が儲ける」

「誰が我々を踊らせようとしているのか?それが問題」

「戦争で毒ガスが余ったので、抗がん剤にして金儲け。いつも同じパターン。歴史はフラクタル」

「日本が経済成長を遂げたというのは錯覚。アメリカに経済成長させられただけ。団塊の世代の勘違い」

「今の日本の医学界のルーツは、人体実験、細菌兵器を開発していた731部隊」

「広島長崎の2種類の原爆投下は、人体実験だった。アメリカは治療を禁止して、被爆者をただ観察した。福島は同じことの繰り返し。歴史のフラクタル」

「今のように日本を悪くしたのは明治維新。戦争はビジネス。売国奴はフルベッキの集合写真に写ってる」

「フランシスコ・ザビエルは殺人鬼。いかにキリスト教から日本を守るかが、豊臣秀吉と徳川家康の課題だった」

「邪馬台国と大和朝廷の間に150年間の空白がある」

「2つはまるで違う文化」

「アトランティスのシンボルマークは?」

「フリーメーソンと同じピラミッド・アイ。アルファベットの最初もA」

「日本は世界の縮図である」なぜ?「フラクタル理論」

「私たち日本人はいつから人間になり、いつから日本人になったのか?」アフリカ?大陸から?

(内海塾より)


gf01a201308260100 (1)ここに紹介したことは、ある視点から観た事実ですが、別視点からみると別の言い方もまたできます。(※物事は一面から観るとインパクトがありますが、それゆえに盲目にさせられるものです。)

一見、ジャンルの違う問いが、なぜ一緒に語られているのかお分かりいただけない方も多いかと思いますが、主軸は、古代ユダヤ人とユダヤ教徒の長年の問題であり、その理解が得られると内海さんのお話のポイントの意味が解け、私達は有史以来の歴史的世界観がガラリと変わって見えてくるでしょう。

特に、親御さんにお伝えしたいことに学校の教えや教科書に対しての「正しさ」について観念を改めてはどうかということです。

考えて頂きたいのは「誰のための」そして「誰の目線で作成された書」なのか?少し感じて見て下さい。日本人のため?そうではないことぐらいはお分かり頂けるかと思いますし、やはりこれぐらいは知っておかなければという世界共通の常識書ということもできるかと思います。

では、やっぱり誰の目線で造られた書なのか流動的な常識を網羅する書ですから知りたいとは思いませんか?

教科書を編纂するのは企業、でも、その内容を審査するのは文部科学省という政府、その上は日本、日本は世界からみると独立国家に見えますが、さにあらず、では、日本を世界を地球を誰の目線で教えているのでしょう???

世界共通認識である書はどこにもありません。

おそらく、この世界共通認識の教科書なるものが出来上がるとしたら、それは資本主義社会が地球全土を掌握した時なのかもしれませんし、そうなったときは世界政府ができ、権力者に世界を掌握される時だということになります。

どうして?私達のライフラインのすべてを握られ、生活のすべを委ねなければならなくなっているからです。

(でも、そうはならないのですがね。)

gf01a201502231200根拠や証拠ばかりを求めてきた現代人には、目に観えるものほど大事なものはなく、意識レベルでは分かり合えるものの、現実的レベルでは激しく比較-競争-闘争-破壊というシナリオを進化なく飽きずにぐるぐるしています。

実際、私達は教育においていつもこういう手法を使われていることにお気づきになりますか?

比較教育で飼い慣らされてくると、自己価値を探す他なく、1位でもビリでも「特別」を際立たせようと躍起になり、大人は積極性ばかりを優遇し、そうして教えられて来たのに、今度は嫉妬で出過ぎた杭は打たれる世の中です。

正誤で正しさを主張すれば、相反する間違いを引っ張って決着をつけようとする、この構図にやられていることに気づかなければなりません。

両極端のどちらかにしがみつこうとすれば、片方を悪にし、自分を善にします。

その善信仰はどこからきたのでしょう?悪にフォーカスすれば仇を成しますし、逆に力を与えることになるのです。

褒められるべき善など、どこにもありません。善すら憎むべき対象になりうることを知っておいてください。事実は事実ですが、それに一喜一憂する自分がいると感じたらそれは感情ゲームにハマっている証拠。

良い悪いぐらい大人になったら既に知っています。

それをどがえしした「感情」は分離人格が楽しんでいる感情ゲームであり、主人格のあなたがそれによって苦しんだり、悲しんだり、激昂したり、馬鹿笑いしたりして本当に楽しんでいる訳ではありません。

インプットする時は受け入れる(アレルギー反応を起こさず)姿勢も必要ですが、アウトプットするときは社会や個人の不満を感情に乗せない姿勢も必要です。

この世は個人の意識が表れた現世(うつしよ)です。であれば、グローバルに世界で繰り広げられることはそれぞれの集合無意識によっての現世ということ。 つまりは、個人意識をどう向けるかで現世の先も変わるのは当然です。(しかし、これにはタイムリミットがあります・・・)

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