全体愛がありのままなのです。

a85824a4アナと雪の女王がヒットしています。 どこに行ってもアナ雪の歌が聞こえてTVではその挿入歌を耳にするそんなこの頃です。

アナと雪の女王は歌が先行していて実はをまだ観ていません。 歌のイメージだと自分を隠さずといったところにフォーカスされているのだと言う事は理解しています。

「ありのまま」というフレーズで皆さんは解放されたお気持ちになられるようですが、では、あなたの「ありのまま」の状態とはどんな状態でしょうか?

自分の本音を偽らないと決めた時、奮い立つ勇気に後押しされ解放感を謳歌する、あれこれ自分を閉じ込めてきた思考の檻から脱出して自由になることは、物語とは別に、私という個人をなくして全体愛を信じる意識へ移行する解放感でもあります。

人は、殻を破ると「もう怖くないわ」と強くなったような気がしますが、現実的には何も変わってはいませんし、何も捨ててはいません。

捨てて小ざっぱりした解放感を味わったのち、それでもなお個人のためだけに生きようとすればハタと気づくはずです。 私・個人が一人で、いったい何をすれば良いのだろう・・・? 生きていくための資格は、せいぜい運転免許(凍らせる)くらいで「ありのまま」とは言いながら個人価値ってそれだけだと。

「ありのまま」とは「個人エゴ」を解放し、全体を受け入れ、受け入れられる「無条件」です。
現実は意識から生み出される創造世界です。私達が全体の中の一人であることを忘れれば、私という存在意味すら無に帰すのが宇宙です。

時代は一人ひとりが、全体愛を持つことをすでに必要としています。

「アナと雪の女王」は、全体の調和である私に気づく自然の理(コトワリ)の映画。これまで持たされていた劣等感を解放する意味で生きる意味や勇気を与えてくれますが、「〇〇があるから私はOK」「〇〇がないから私はダメ」と左脳的な優劣をつけずに「無条件・ありのまま」という右脳的な感覚をより意識し「全体の中の一部」だという視点で観て欲しいと感じます。

優劣意識は上も下も作りたがりますが、もともと、私達は裸一貫で生まれてきた共通の境遇を持つ身です。
上があれば、劣等感を持ち。 下があれば、優越感を持つ。これまでの時代はそうでした。

その地球ルールのプライド意識を徐々に削ぎ落とし、全体の一部(一人)という意識に少しフォーカスして、これからの時代を意識しながら観てはと感じます。

 

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