弁証法と漁夫の利

弁証法みなさんは御存じですか? 今日は弁証法について話してみたいと思います。


【弁証法】
物の考え方の一つの型。形式論理学が、「AはAである」という同一律を基本に置き、「AでありかつAでない」という矛盾が起こればそれは偽だとするのに対し、矛盾を偽だとは決めつけず、物の対立・矛盾を通して、その統一により一層高い境地に進むという、運動・発展の姿において考える見方。

図式的に表せば、定立(「正」「自」とも言う)Aに対しその(自己)否定たる反立(「反」「アンチテーゼ」とも言う)非Aが起こり、この否定・矛盾を通して更に高い立場たる総合(「合」「ジンテーゼ」とも言う)に移る。この総合作用を「アウフヘーベン」(「止揚」「揚棄」と訳す)と言う。


ビジネスで言えば、ある商品のメリットとデメリットその両方を論議し、結果、商品をバージョンアップ(進化)させる様な話です。

政治の話であれば、安保のメリットとデメリットを闘わせて、ベストな道を模索する。
育児の話であれば、母と父の教育方針のメリットとデメリットを闘わせて、ベストな道を模索する。
健康の話であれば、投薬のメリットとデメリットを出して、ベストな道を模索する。
結婚の話であれば、好きな人のメリットとデメリットを出して、ベストな道を模索する(笑)

何かを選択するときに人は必ず無意識に弁証法を用いています。

それは教えられてきたからに他なりませんが、ここ最近、この弁証法の在りようが随所で目について仕方ありません。

世の中の巧みなシステムに「弁証法」があることは、過去に「きのこちゃん」から教えられていました。

51Q9vWPNMLL._SX298_BO1,204,203,200_きのこちゃんとは、「発酵マニアの天然工房(三五舎)」という本の著者です。

彼女は20代の時に身体に腫瘍ができ摘出手術を受ける様に診断されます。 手術前に出来る事を模索し辿り着いたのが、医療品ではない、いわゆる、サプリメントの発酵飲料を飲むことでした。

飲み続けたところ、腫瘍が消え、手術を回避したという「微生物=菌」で目を見張る回復をした経験をお持ちです。

そんな彼女との出逢いはブログがきっかけで、私がいわゆる陰謀論を探っていたころに「永遠の18歳シスターズ」と姉妹ブログのようにやり取りをしていたことが、ちょっとしたブロガーの間で話題になり、有史以来の「社会構造」をネタにしては、その矛盾に悪態を突きまくった仲なのです。

それも3.11を境に、この先、起きそうなことも大体わかったので、今は現実的に説明しにくい波動を探って、現実を創りだす元の種=意識を中心に、意識と身体のメカニズムと宇宙システムが人にどう影響があるのか探っている最中といったところでしょうか。


話を戻します。

その弁証法を知っていたおかげで、更なる「漁夫の利」の社会構造が見えてきます。

フジコラムで皆さんに呼びかけていることのひとつに「固定観念を無くして下さいね。」という決まり文句がありますが、簡単に言えば「~であらねばならない」という固定を無くして下さいということです。

その必要性を説くのは、例え話の政治であれば「安保」

メリットは:戦争回避の抑止力が上がる。海外派兵が可能になる。近隣諸国へけん制できる。海外での日本人救助活動の円滑化。国際的な信用。

デメリットは:自衛隊のリスク増加。日本標的の事件誘発。

この争点は「戦争」になったらどうする?というベースの基に論争が行われてきたのですが、これまで日本は武器の所持もNGだったので例えば自衛目的でも攻撃とみなされれば国際的には風当りが強く、また先日、国連の安全保障理事会の非常任理事国に選出された日本ですが、長年、常任理事国入りは阻まれ続けているわけです。

安保を「ドラえもん」でいうなら日本を「のび太」に例えた、うなずく話がありました。

それはスネオ(隣国)からチョッカイを出されないように、ジャイアン(米)におこづかいを渡して仲良くなり、いろいろとチョッカイを出す者達からボク(日本)を守ってね。という図式の話になっており

マンガだと読者も「それでいいのか?のび太。子供のうちはいいかもしれないけれど、社会はそんなに甘くないぞ。」と大人の目線になってのび太を見てしまう方も多いと思うのですが、日本の子育てと日本の行く末が、そのまま置き換えられてしまえることに驚きませんか?

そして、少し考えてみて頂きたいのですが、メディアで取り上げられる声は日本をのび太のように「育てよう」と考える人が少なく見えるように演出されていて、単に争点のみの「戦争反対・暴力反対」を煽っている様に観えてしまう事に。

戦争はあってはならないと思っています。でも、死に追いやる戦争があってはいけないとしながら、紛争で難民が出ても国境封鎖で生きることに困った者達を受け入れない国のあり方。 共存していく必要がある現在に、きちんとした態度も決めかねている政治の対応、そのことには戦争反対を唱える人間同士でありながら、他国の出来事として無関心です。

Hillary Rodham Clinton


私達はどうすればいいのでしょう?意志は私達の現実そのものです。

弁証法を当てはめると弁証法だらけです。そうして「利」を探す漁夫はその矛盾を「経済」で解決しようと淡々とチャンスを伺います。

政治では猫も杓子も、第三者機関を交え、企業を介入させ、または新たな企業を設立し雇用を生む、または、代替え案を出し経済を回します。

助け舟、漁夫の登場です。

弁証法は比較で煽り、着地点は2つに1つか、代替案に収まるもの、渦中の者達は熱弁を振るう一方で、ほくそ笑む漁夫。政治と経済が切っても切り離せないポイントです。

安保に係る世界情勢の話に戻りますが、過去に米は「世界の警察を止めます」と発言しておりますし、国として経済ももう持ちません、おそらくヒラリー女史が黒人大統領に成り代わる時には、米国の分断、分割が具体的なものになってくる時期だと思われます。

そうなった時、ジャイアンとのび太のような同盟を結んでいる日本はどうなるのでしょうか。

お分かりになると思いますが、現実、日本の選択は待ったナシのところにあるのです。 そして、結果が出てもこの先、どうなるかは誰の眼にも賭けの様なものになるかと思うのです。65e3b49c

そして、人類はボーダーレスで共存していくより他ないのが現実です。

いつまでも、対立構造にばかり感情を引っかけられていると、これまでと変わらずに私達自身が漁夫の「利」のままとなります。

出口が見えない問題に新たなアイディアが提案された時、フラストレーションでいっぱいになった頭は、これまでの学校教育の賜物で「どこかにきっと答えがあるはずだ」と限界まで傾向と対策を練り、希望という答えを求めるようになっています、誰もがオートマチックに。

漁夫は時間をかけることに焦りを感じません。 時間をかければかける程、議論は暗礁に乗り上げるわけですから、そこに出される切り札は救世主のようにに映るというスマートなやり方でインパクトを残すよう狙っていますし、メディアもスポンサーですから盛り上げます。

漁夫は、新たな時代の到来を期待させ「新しい世界秩序=New Wold Order」を世界に呼びかけ、新たな世界に答えを持つ待望論が世論から湧くことを虎視眈々と待っているのです。

少し弁証法について、世の中を見渡して頂ければその構図に納得いくと思ます。それは、誰もが心では「いつも同じパターンだ。」と気づいているはずなのですが、根強くはびこる「個人の無力」思考と現実にオートマチックに乗っ取られています。

けれど、その無力から生まれる憤りや怒りはいずれ「力」を持ち始めますが、その力点も今の思考のままであれば二極に分かれていきます。

どちらを選ぶかは、私達個人の意識選択に任せられ、私たち人間がそれぞれの意識で現実を生み出す、いわば一人ひとりが意識を現実に換える変換装置=錬金術師であることを改めて自覚する必要があるかと思うです。


また、それはスピリチャル界も例外ではありません。

弁証法は世の中がそうであることから、私達の意識に抵抗なくオートマチックに受け入れられています。

しかし、何を基にしているのかの視点は、人それぞれ、カリスマもそれぞれです。

「こだわり」が強すぎると、それはエゴとなり周りはそのエネルギーに何かしらの「ざわめき」を感じて後づさりをするもの。

その「こだわり」はその人にしか分かり得ないもので、自分は自分です。 安保の騒ぎのように全体を観ず、単に戦争の悲惨さばかりを取り上げた「過去の戦争反対」ではなく、戦争に対する新しい論議が現実レベルでは成されることが大切なのではと私は感じます。

それでも「新しい論議がなされるべきだ」とする、その「こだわり」を強く主張すれば、それは新たな対極を生み、新たな火種になります。

そういうやり方でしか主張でき無いのはこれまでの時代だとすれば、銀河新年の流れは違うような感じがするのです。

未来は本当に未知数に戻されている気がするのは私だけでしょうか?

強さは何やら柔らかさを含んだ強さに変化している気が・・・どうもするのです。

どんな時が刻まれるのかどきどきしているのは私だけでしょうか。

 

今ひとつ、まとまり切れませんが(苦笑)、最近の時事情勢やスピリチャル界の事情をみて乱文ながら徒然に綴ってみました。

 

 

 

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