理解=理(コトワリ)を解く

10500385_1441033332838476_2212583110449448027_n昔は人生を自分で舵取りできるようになることを願っていました。

今は人生のハンドルを宇宙に委ねていく方が遥かに楽だとハンドルを手放しました。

『星に願いを・・・。』は、決意して後は天にお任せする含みがあります。

願いは意思の力であり、思考の力ですが、その願いを強く握り締めれば、それゆえ時に運に見放されたように感じられることが起きたりします。

人はその時 「あの時、ああやったのに」 「この時、こうだったから」・・・と頭で答えを必死に見つけようとして、後悔(=思念)を残します。

その後悔は、もう出てしまった答えの理由を、過去からコレだったと見当をつけ拾い上げただけ。 けれど、そうして出した因果は、今と過去の違いだけで紛れもなく自分の世界で起きたことです。

人はそれを「身から出たサビ」と後悔をしてしまいがちですが、どうぞ、その「戒め」にハマらないで下さい。

現世は心のアプローチと行動のアプローチ 両輪が回って物事が進むのです。 葛藤は、心と行動のどちらか一方を十字架に磔にすることで起こります。

仮に、運勢を良くする方法があるとすれば、四の五の言わず、目の前にくること(チャンス)にやってみる(YES)と決意して只々、やってみる(チャレンジ) サビないように、形を変え方法を変え何度もやってみる(トライ)。

宇宙が自分の目の前に差し出しすことは、悪いことばかり。と、ぼやいているのは自分なのだと気づいて下さい。

宇宙は全てを差し出しているのに、答えは1つと自分で決めているから、成功失敗を作り、その結果に浮き沈みする感情が湧いてくるのです。

答えは1つではありません、星の数ほど無数あり、だから悪くなりようがないのです。

上手く行かなかったとすれば、コダワリゆえに想い残した顛末(てんまつ)の紐を解かせる意味があっての天意(愛)が起こっていると気づいて下さい。

チャンスは出来事からの「答え」ではなく「理解」を求めていて、理解できないことは起きません。

現世はジャッジで偏り、不満が充満していますが 宇宙はずっと皆に平等です。

「理解」なく、現世だけの善し悪しでジャッジするヒマ(後悔)があったら、淡々と目の前の自分の日常(人生)を歩むチャレンジをすればいい。

朝目覚めていつもと「変わらない日常が在る」ことが理解できたら、それは不安なく続きます。未来の希望さえ自力で維持しようとしなくてもいいのです。

そうすれば、自分の幸福という意味合いが、ちょっと違った感覚になると思います。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です