「特別」という幻想から抜け出しましょう。

ここ十年程でスピリチャルという言葉が一般化し、サイキック能力を身に着けたいと憧れる方も増えました。サイキックな世界とこの世を垣間見てきた私が、その能力に憧れる方々に理由をお聞きすると、未来に対する不安や心配が解消できる気がするとおっしゃられます。

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なるほど、ですが私は皆さんに「不安や心配をする必要はありません」と申し上げております。(理由はまたの機会にお話しするとして) ですから、不安解消が憧れの理由となると「的外れ」と申し上げなければなりません。

能力が開花する過程にはいろいろな体験をするもので、私の場合、三歳の時に温泉旅行で宿泊する部屋が虫に占拠され大騒ぎになる。と感じれば、本当にそうなったり、おばさんが燃えるような赤いオーラに包まれて見え「どうして赤いのかな?」と変に顔色を覗う幼少時代を過ごし、学校に入学し大勢の感情を拾うようになると何かと体調を崩しがちになり、迎えに来る親から体の弱さをとがめられる様になってからは、次第にその感性を閉ざして行きました。

こうした様々な出来事をココロがブレずに理解できる様になったのは、師との対話と現在までの経験を腑に落としてきたからなのですが、腑に落とし切れていないと、出来事の本質よりも、出来事の対策に追われ続けることになってしまいます。

不安解消のためのサイキック能力に対する「憧れ」の心理も「まだまだ足りない自分」にフォーカスしココロに障壁を造り上げてしまいます。 一人ひとり感性は違っていいのです、唯一の答えを握り締めることがいかに理に適っていないかを知れば良いのです。 本来すでに「ある」「持っている」「満ち足りている」貴方の感性に目を向け、問題を見つける向上心よりも、問題視する目線に気づくことが大事なのです。

私自身、思考(頭)に囚われるだけでなく自分の感性を信頼し、ちょっとした気づきを上手く楽に連続して実践していくように心がけています。

2014年も立春を迎え、その憧れや特定された『特別』という価値を見直す時代がいよいよ到来します。それは無価値の時代であり『脱個性』の時代でもあります。

「求めよ」から「すでに与えらている」という歓びを持ってください。それが本来のスピリチャルな生き方であり、閉ざされた潜在意識をスムーズに顕在意識に通す近道になるのです。そうすれば『特別』などという価値はもともと無かったと知ることになるでしょう。

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