自己治癒力を見直そう。

chusha今、スピリチャルでは「依存癒し」の時代はもう終焉を迎えています。

そういう流れに敏感に気づいた人から、感情ゲームでリピートを狙っている「依存させる」サロンやセラピストから、段々、卒業していくだろうと思いますし、将来は、セラピスト自身も本来のカタチに戻っていくと感じます。

近い将来、病む人は爆発的に増え、いま以上に医療の需要と供給が反比例して、一般人は医療の慢性的な供給不足と、社会的格差に不満を募らせ、あらゆることへの管理と利権などを含めた更なる大きな社会問題に発展していくと思います。

しかし、一方では、生体エネルギーを基本とした針・お灸・整体などの東洋医療や民間療法など、本来の自己治癒力に目覚める方も増えることは間違いないので、なんでも融合。

悪いことと良いことは表裏一体、この、二極の構造に希望を持っています。

これら、何かを問題にしてしまう、良くないことにする思考は、無意識に脳がしていることなのですが、本来、脳は判断をする場所ではありません。

脳が正しい判断をする、考える場所だと勘違いしている現代人が、体のバランスを崩すのは、建て前と本音がバラバラだからと納得してしまうワケです・・・(脳は判断できない→酸っぱいものを食べている人をみてツバが出る現象があります。)

極論的なことを申し上げると、この世のすべてに「意味はない」のです、私達がこのZERO時空間で、本来すべきことは、ZERO空間=時空間をそれぞれが掴んで、楽しんで、放すことでしか成り立っていないのです

教育で方程式ばかり学ばされた私達は、全てに「正解」がある!と思い込んで、脳が無意識=オートマチックに「正解」を弾き出そうとしていますが、その無意識や習慣とは、身体に年季を入れて書き込んだクセなのです。

アッという間に無意識で処理してしまうので、意識的に「あれ、また正解を出そうとしているな」と気づく「上書き」をしなければ、それこそ当たり前にずっと正解を出し続けてしまうものなのです(笑)

それは、私という「者」も本来、意味などなく、私「らしさ」というのも、実はマボロシ~という話に繋がるワケなのですが。

恐怖を造り出すメカニズムを簡単に説明すると

頭(思考)が、恐怖からくる出来事を連想し、自分が思う恐怖に肉付けしてストーリーを造り上げて行きます。

頭は想像と現実を分けませんから、感情は身震いや心の萎縮などの体感となって反応が出ます。

その反応があまりにリアルで更に焦るのですが、身体の細胞は、その現実を創りたいのだと勘違いしてしまい、その現実をZERO空間に映し出そうと光(オーラ)をZERO空間に放射してリクエストしてしまい、ZERO空間は現実化しようとするのです。

その恐怖を元に、私には出来ない、ここはヘタに動かない方が良い、という緊張感を信じ、概念を固定すると、脳(思考)は行動をフリーズさせてしまうのです、例えるなら、バンジージャンプをしたかったのに、いざ、高い所に来たら、足が一歩も前に出なくなってしまう様なものです。

でも、私達が話題や問題にしているモノへの意味づけを消去すれば、心配、不安、恐怖などが、マボロシ~だと笑えてくるはずです。

具体的にお話しすると、断崖絶壁にある20cm幅の平均台を渡るのと、体育館にある同じ平均台を渡るのは、どちらが怖いですか?

実際の幅は同じ20cmですが、私達の脳は無意識に全ての条件を総動員させて計算して正解を弾き出そうとします。

「無理」と。

無意識に意味づけ=条件から割り出された「私の正解」は、たちまち私の緊張へと繋がり、本当は出来ることでも、平常心でいられなくなります。

ここに何か足りないものをあげるとすれば、楽しむ気持ちだけです。
意識的に緊張を和らげる=リラックス=緩めること習慣にすれば、身体は簡単に楽になるワケです。

少しはお分かりいただけましたでしょうか?

この人間のメカニズムを理解し、生活に応用していくのには、朝、目覚めて顔を洗う、歯を磨くような習慣にする必要がありますし、クセになるまでは時間もかかるものです。 何より、感情は私達に神がつけてくれたオプションなのですから(笑)

どうしても、その恐怖とか心配とか不安が出てきたら、拒否ではなく認めてあげるクセをつけてみて下さい。

自分が自分の恐怖を認めてあげて
自分が自分の不安を認めてあげて
自分が自分の心配を認めてあげて
自分が自分の至らなさを認めてあげて

「怖いと思ている、怖いと思っている、怖いと思っている」とつぶやいても良し
「そっか、そっか、怖いって思っているんだね、そう思っているんだね」と認めてあげるも良し

客観的な目線で自分と対話するように声を掛けてあげて下さい。 これ、すぐ傍にお友達がいたら、言っているでしょ?

それを、自分とコミュニケーションするように変えればいいだけすから、誰でもできます!

他人に恐怖を知ってもらっても「意味はない」のです、「自分を認める」確認作業をしなければ安心できないメカニズムなのですから、まずは、無意識に井戸端会議や雑談でウサを晴らすのではなく、自分で自分を観る、認める習慣・クセづけしてみてはいかがでしょうか。

「雑談に癒される」ことばかりに依存してしまうようになっては、自己治癒力を引き出すスイッチが可動しないことを知っておいて下さい。

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