言ノ葉 ~所有ゲームで分かる嘘~

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バーチャルな世界を真の世界と思うなかれ

外界はイメージで造られた 砂の城

イメージの砂の城を守る為に

これまで人は人を傷つけ 殺してきた。

もう、そろそろ私達は

イメージに流され イメージで生きるのを

止める時期に差し掛かっている。

 


 

意識世界にリアリティがないのは、ひとえに意識は観えないからです。

それほどまでに人は「存在意義」を大切にしてきました。

お金を出せば何でも手に入る時代ではなかった時、内在の意識が形になることを神業だと人は信じていました。

今のように形だけ豊かな世界になってしまうと、今度は意識世界の意図が曖昧になってしまいました。(=イメージ)

なぜなら、願いより一歩外に出掛ければ、本心を誤魔化せる紛い物で溢れているからです。

そのために、生きることに迷子になっている人ほど目に見えない「価値ある自分」を持ちたいと思うようになったのだと思います。(※内在したものが外在に出てきただけなのですが)

しかし、その自己価値を一度手に入れてしまうと、今度は手放すことが怖くなります。

どうしてせっかく手に入れたアイデンティテー、私という実態、努力、労力、時間、投資したお金まで手放さなければならないのか疑問に思うのでしょうが、それが「所有ゲーム」の根本です。

沢山手に入れること=所有が豊かなことだと信じているのですから、無理もありません。

スピリチャル・ライフを実践していても、また、平和のため戦争反対にシュプレヒコールを挙げても、ビジネス・ライクな日々を過ごしていようとも、カテゴリーが違うだけで、この地上のルールで育った大人の選択はこの「所有ゲーム」に気づいていない限り、無意識(=オートマチック)に所有し、無意識(=オートマチック)で固持しようとするでしょう。

それは信念だったり、宗教だったり、スピリチャル、イデオロギー、哲学や、思想、精神、世界観、自分が何者か、他人が何者か、に至るまで「生きる」ために自己価値・存在意義を収集し、その中から人に負けないものを探し、仮初めの豊かさを本当の豊かさのように、骨身に馴染ませてしまってきたワケです。

例えば、社会。 今、世間を騒がすマイナンバーにみる怪しい実態は、明らかにイメージ先行で見切り発車状態にも関わらず、ぼやけたイメージで誰の目にみても怪しいと思われながら現実化されています。

それと同等に、パーソナリティーにおいても、雑誌・ドラマ・映画で提案されるタイプ別キャラクターにしても、「愛されキャラ」を好きな俳優が演じる事で、あのキャラクターが自分だったらとイメージを膨らませ要素を取り込み、話し方、ファッションに至るまで同じ形、色、雰囲気と巷の現象と化すこともしばしば、明らかに所有ゲームにオートマチックで参加している姿とも言えます。

社会構造は巧みに、イメージ戦略を練り上げ虚像の世界から提供され続ける観念・信念をシャワーのように浴びさせ、無意識に生きている人々を洗脳し、そうしてそのイメージ世界の成功が人生の未来や夢や希望になることを繰り返してきました。

未来や希望に託すことは悪いことではありませんが、それがイメージ世界で出来上がった砂の城であれば、波に一瞬で消えてなくなる危うさを常に伴うもの、イメージの土台では安心した生き方を「狙っている」だけで、安心にはほど遠い感じがします。

イメージ世界で結果を求め、存在意義を明確に、信念を貫こうと頑張ることは尊いこと。(ゆえに挫折がつきもの) 社会では良い風潮のように扱われてきましたし、皆が皆それに引っ張られてきましたが、刷り込みゆえのオートマチックだからこそ、その虚像の上の教えに人々は芋づる式に引っ張られてきただけ

今、地球に住む人々は今までになかったほど、これまでの社会構造の危なっかしさに気づき始めています。

人の意識にも表れ始めており、伸びやかに生きたいと願う一方で、相変わらず「狙って」動いていると、個人にとっての善きこと=譲れない信念が、違う人を傷つけ、背くものを殺めるといった、一方の大義のために相変わらず飽くなき裁きを繰り返すだけとなるワケです。

有史以来、ずっと私達はそうやって やり過ごしてきました。 私には、そういう地域が、日本が、地球が綺麗な星だと言えるのか?愚問です。

もうそろそろ、限定した観念を持ち、無意識で生きていることに、気が付かなければいけないところに来ている。

だから、する。しなきゃならない。させらされる。どれに当てハマろうとも・・・時空がそう急かしている気がします。

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