老子の自由哲学「TAO(道)」の世界観

老子の世界観


老子

自由哲学「老子」の世界

あるがまま表現できる社会を実現するには
まず自分の出来る範囲で行動を起こしていくことである。

自分の満足は自分にしか分からず、自分でしか作り出せないものだから
好むとおり自分の生き方を選択して築き上げることができる。

それには、一人ひとり、よく学び、じっくりと観察するこだ。
そうすれば、物事の本質が分かるようになり、評価にとらわれず無理なく生きられる。

知らないことは限りなくあるのだから、まず自分が何も知らないことを自覚することだ。
そうすれば状況にあわせて柔軟に発想や方法を変えられ 問題を問題とすることはなくなる。
そうして、成功を得れば自分だけで独占していることが、つまらなくなる。

自分の持ち物を分かち愛できれば、世界はもっと多様でJoy・楽しくなる。
そうやって自分の「道」を歩く人に、周りは快く動いてくれるものだ。   (FUJIKO.訳)

 

Spirit Laboratory 0. のセッションの基礎には、
老子の自由哲学「Tao」が取り入れられています。

 

老子とTao(道)


道(Tao)の語られ得るものは、絶対の道ではない”  -老子-

紀元前5世紀、中国春秋期・楚の国にいたとされる賢人「老子」。
騒乱と欲望に荒れ果てた混乱の時代に身をおきながら、

この世界に人が生きることの本当の意味を深く考え続けたといいます。

「老子道徳経」81章、彼がその中に残した道=タオの思想、
様々な言葉には、2500年の時を越えて、
今なお私たちに問いかけてくる確かなメッセージがあるのです。

老子の思想に対しては賛否両論ありますが、その理由のひとつに、
庶民に「無為無欲」な生き方を説いたことがあるようです。

本来の老子の教えは当時の国王に「無」の思想による治世を説いたもので、
その時代の身分制度や時代背景を考慮し解釈しなければ、
本質が隠れてしまうものであり、
本来の説とは違った解釈になってしまっていることも否めないのです。

『名も無き「道(Tao)」・名の有る「無」と「有」』という教えがありますが、
この「名」とは単に名称・名前を指すものではなく、
立場や役割にまつわる概念を生み出すものであると説いています。

「無」とは、「無という名」があるだけ、
当時「命名」は国王の権限であり庶民には許されていなかった時代、
「名」は立場や役割にまつわる基本概念に成り立つことを教え、
『「無」や「有」は、もはや名も無き道(TAO)ではない』と説いています。

そして、「道(Tao)」は名前さえもない自由世界「あるがままの宇宙観」を原始として、
この世は「無」から「有」を生み出す創造世界だと説いています。

「あるがまま」の老子の哲学には量子論・素粒子世界にも通じるミクロの宇宙観から
「名」を生み出すマクロの現世までを描く「老子」の世界観を知ると、
この世の仕組みまでも理解できる深い哲学です。

余談ですが、老子はTao(道)を言葉で語ることは、
真理ではなくなってしまうからと書物として残すことを頑なに拒み
伝説では、幽閉されて書くよう命じられたと言われています。
 

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55795739壮大な自由哲学をもった「Tao」の教え

思考は「過去」、つまり経験と知識の記憶をベースに物事を判断したり、
感じたりしている行為です。

これは、あなたが「今」と思って判断している事実が、
実は過去の記憶から判断された事実に過ぎないことを意味します。

美しいものをみて、美しいと思う瞬間、
思考は「美しくないもの」と比較して「美しい」と思っているに過ぎないのです。

あなたが悩ましいと思う出来事は、その出来事自体が悩ましいわけではありません。
それを悩ましいと感じるあなたにとってのみ、悩ましい問題となりうるのです。

「今を生きる」とは「今を生きよう」とすることではありません、
何故ならそれはすでに過去だからです。

「今を生きる」とは、あなたの過去が「今」に入り込まないようにすることなのです。