ZERO.ヴィジョン ~漂う意識世界

ZERO.ヴィジョンは、私とあなた
あなたと空、あなたと花、あなたと空気のように
それぞれを個別に分けず一体で捉えるヴィジョンです。

それらが一体となった分けることのない世界は
個のない世界とも言えます

私の悲しみ、苦しみ、喜び、至福といった
感覚、感情すら個人の持ちものではない。

一体の中から個人が、その知力を使って
一体世界をミクロになるまで削ぎ落していき
削ぎ落す工程は個人エネルギーのあくなき探究

証明のつかない あるようでない、ないようである。

そんなエネルギーの世界を
循環というか、メグリというか、森羅万象というか
そんな羊水のようなヴィジョンの中に包まれているように感じると

瞬間的に霧が晴れたように、既存の概念が崩壊して
そこからZERO.ヴィジョンが明らかになります。

概念は現実世界LIFEという表面的な世界を構成し
肉体は五感を通して、脳に個人の事件を記憶させますが

自分の存在すら錯覚だったのかもと知れないと
疑惑めいたものが湧いてくることもあります。

人によっては脱力や無気力になることもありますが

ただ、ZERO.ヴィジョンが明らかになった時の気分を
誰もが口を揃えてこう言います

「子供の頃に味わった感覚だ」と。

ZERO.ヴィジョンは、意識とエネルギーについてのお話しです。

ヴィジョンを言葉に起こす作業は、
どうしても新たな観念に聞こえます

しかし、
言葉で語れる適切な言葉自体が見つからないのです

ですから、
それは思想?哲学?概念?非常識?
頭オカシイ???と分析思考されることもありますが

分ける分析ゲームにハマらないで下さい

私達は全体意識から個人意識で体験したいと
ZERO.から湧いてきた知力の塊=個人エネルギーです

LIFEはエネルギーの集結・結実の場、
そして、五感でしか感知できない場

五感を頼りにしか生きられないので
心配や不安に揺らぎ
不完全の美学を尊ぶ
最も、不安定で頼りない世界で生きるのが人です
※そう思い込んでいるだけなのですが

その頼りない場を信じて地固めしながら知力を満たす
まさに、地(自)我アドベンチャーです。

ZERO.ヴィジョンで捉えた全体性で観ると
そこに深刻さはありません

喜怒哀楽や出来事も意識を基にした
LIFEならではの価値観で
本当にあるものは、
無、空、Matrix に「漂う意識世界」です


そして、私の世界を良くするのでなく

私の夢から目覚めることで呪縛から解放される
気づくことで救われる安堵があります。

 

それでは人として味気ないと感じられるなら
もっと積極的に人間と創造現実LIFEを楽しんで下さい

死んだように生きることを自分で選ぶことも観念です
自由気ままに生きることを自分で選ぶのも観念です

生きたいように生きても、そうでなくても
バックボーンにZERO.=天意が働いていなければ
あなたはあなたを自覚すら出来なかった事実は揺らぎません

その天意を免罪符にあなたをどうデザインしたいのか
夢を見るように目の前の真っ白なキャンバズに
デッサンしてもよいと思うのです。

夢は五感だけが欠落している現実と同じ世界
現実も夢とさして変わりはない
どちらも個人あっての意識アドベンチャーです。

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